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日々の雑記ノート

生活保護の生活が始まりました

12月6日、私の生活保護の生活が始まった。

 

2度目の申請でやっと認められた。

本当に行き倒れる寸前?いや、ほぼ明日からはホームレス状態で

これで断られたら、下記のNPOに行こうと腹を括って

区の福祉課に足を運んだ。所持金は銀行に2千円しかなかった。

財布の中身は、数百円。電車賃分くらいしかなかった。

 

2度目の時は女性の方が対応してくださったので

多分私の困窮具合をわかってくれたのかもしれない。

生活保護は審査が厳しいと言われているけれど、その通り。

これだけ厳しくしても不正受給が減らないのだから。

本当に困窮している私のようなものが

その不正受給者によって、支援を得られないでいるとしたら

この国の福祉制度自体終わってると言わざるをえない。

正直者がバカを見るという世の中は、福祉の社会では絶対あってはならない。

 

私は本当にお金がなかったので

喫緊に必要な少額を当日支給してもらい、残り保護費をもらったのが

申請から1週間後だった。

保護費でしてはいけないこと、それは借金の返済。

クレジットカードも使えない。もちろん借金はできない。

臨時収入はすべて報告。収入は丸裸にしなければいけない。

保険証もない。

病院にかかる時は、都度、区に先に申請して医療券を発行してもらう。

区が全額医療機関に支払う形だ。

家賃も家賃手当以下のところに引っ越さなければいけなくて

今住んでいる区で探すのは本当に大変だ。

また、生活保護に対して、偏見がある人も多い。

私も自分が当事者になるまで、事情なんかしらなかった。

正直に言うと、あまり知ろうともしていなかった。そんな自分を恥ずかしいと思う。

 

大家さん、信じられないけど病院も生活保護の人を受け入れないところもあることを知った。

貧困は、本人にとって精神的ダメージがとても大きい。

 

私の場合、何年もかけて

人間関係・失業・病気に悩まされ

一体何が悪かったのか

私の何がいけなかったのか

自責の念にかられてその沼から抜け出せなくなっていた。

私が行動を起こしても物事はどんどん悪い方に進み、私が望んだこととは

まるで正反対に進んでいった。

為す術がなく、途方に暮れて

これほど自分の人生が砂を噛むようなものだと感じたことはなかった。

 

父の一周忌が過ぎ、私は父と最後に交わした

「死んじゃいけない」という約束を思い出し

NPOもやいのことが書いてあるツイートを目にした。

 

そこで私は腹を括ったのだ。

 

今は、病院にも行って、真っ暗闇だった私の人生に

弱々しいけれど光が見えてきた。次のステップは仕事探しだ。

 

ここからがスタート。

ゼロからのスタート。いや、今はまだマイナスかも。

でも、何度でもやり直してみせる。

 

 

 

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